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痛みを鎮める「鎮痛薬」。現在、主に経口投与で使われている代表的な鎮痛薬は、作用機序に応じて主に3つのグループに分けられる。カロナールに代表される「アセトアミノフェン」、ロキソニンなどの「非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs)」、モルヒネなどの「オピオイド」の3つである。このうち、オピオイドは特に鎮痛効果が高く、術後や癌の疼痛治療に使われている。しかし依存性が高く、行動変容を起こすなどの問題があり、気軽に使える薬ではない。そんな中、オピオイドと同等の鎮痛効果を持ち、依存性などを認めない全く新しい“第4の作用機序”の鎮痛薬を開発しているのが、BTB創薬研究センターである。まずは術後疼痛を鎮める鎮痛薬としての承認を目指し、臨床試験を進めている。治療薬開発の現在地および展望や、創薬ベンチャーならではのエピソードについて同社代表取締役 (CEO) のTakashi Kiyoizumi氏と、研究開発担当取締役の大菊 鋼氏に聞いた。
(聞き手:伊藤瑳恵)
京都大学大学院医学研究科創薬医学講座特任教授の萩原正敏先生の研究成果である、鎮痛作用を持つ化合物を使った鎮痛薬「ENDOPIN」を開発するため、2020年6月に創業しました。その後、現在は、萩原先生の別の研究成果の一つであるRNAをターゲットとする低分子化合物を用いて、癌免疫や希少難病の治療薬「RECTAS」の開発にも着手しています。
私はもともと形成外科医として10年近く働き、その後マサチューセッツ工科大学でMBAを取得しました。以降は米国で、2社のベンチャー企業で事業開発に携わった後、田辺三菱製薬からスピンアウトする形でMediciNovaという医薬品開発ベンチャー企業を立ち上げて上場を果たし、この18年間はサンディエゴでエンジェル投資家として活動してきました。投資家として活動する中で萩原先生に出会い、3年ほど前からアドバイザーという形でBTB創薬研究センターに関わるようになり、2023年10月に取締役、先ごろ代表取締役を拝命しました。
私が弊社の事業に関心を抱いたのは、現在住んでいる米国の社会問題にも関係があります。実は米国では、麻薬性鎮痛薬であるオピオイドに依存してしまうことが原因で、その過剰摂取により年間8万人以上が亡くなっているのです。この状況は「オピオイドクライシス」といわれ、オピオイドの使用を減らすことが国策として行われている状況です。そのため、依存性がなく効果の高い鎮痛薬を開発することが米国では喫緊に求められています。こうした事情を加味して、BTB創薬研究センターは米国で鎮痛薬を開発して承認申請を目指すという方向性を定めました。その際、米国在住であり、医薬品開発に携わった経験があることから、ぜひお手伝いしたいと思い、参画を決めました。
この18年間は、エンジェル投資家としてベンチャー企業の支援を行ってきました。その上で感じるのが、大学発バイオベンチャーには “家の建設”に似たステージがあるということです。家を建てるには、まず建築士が図面を描く必要があります。今、日本のピッチイベントなどでは、主に資金調達の仕方や開発方針の立て方など、いかに図面をきちんと描くかということに主眼が置かれている気がします。しかし、図面が描けたから家が建つわけではありません。基礎工事をして骨組みを作って…といった工程が必要不可欠です。弊社では、幸いにして、初代社長や大菊氏らによって基礎工事が進んできた状態でした。
そこで次に必要となるのが、“大工”です。私に求められている役割は、“大工の棟梁”だと思っているのです。18年間様々なベンチャー企業を見てきたので、設計図を見ただけできちんと家が建つかどうかはだいたい一目で分かります。基礎工事を進めながら、どうしたら早く家を建てられるのか、効率化を図れるのかを探っていく役割が、今私に求められていると考えています。弊社の“家を建てる”ことである最終目標は、安全で効果的な新薬を患者さんに届けること。それをどうしたら最速で達成できるのか、投資家の皆さんにも協力してもらいながら挑戦していこうと思っています。
チャレンジする場面はいくらでもあります。過去に在籍していたベンチャー企業でも、もちろん全てが順調ではありませんでしたから。やってみなくては分からないことがたくさんあります。前職では、開発中の医薬品に思いがけず強い副作用が出てしまったり、製造が間に合わなかったりと、予測できない問題が起きた時もありました。でも、やりがいは常に感じています。場数を踏んできた…と言えるほどかは分かりませんが、これまでの経験から、今ではあまり驚いたり慌てたりしなくなってきました。常に何とかしようと奮闘しています。
ENDOPINは、現在使われている他の鎮痛薬とは作用機序が全く異なります。人が痛みを感じた際、脳の正常なシステムとして神経細胞でノルアドレナリンという物質が分泌され、痛みを抑制するという機構が働きます。よく“火事場の馬鹿力”なんて言いますが、これを可能にしているのは、ノルアドレナリンが脊髄の中に分泌されて痛みをある程度抑えてくれるからなのです。
ENDOPINは、このノルアドレナリンの分泌によって鎮痛作用をもたらします。具体的には、ENDOPINを経口投与すると、脊髄後角の中でアドレナリンのα2B受容体を阻害し、ノルアドレナリンの分泌が持続します。そして、同じくアドレナリン受容体であるα2Aとノルアドレナリンが結合することで、鎮痛効果が現れるという仕組みです。通常、ノルアドレナリンの分泌は次第に弱まってしまいますが、ENDOPINによってα2B受容体を阻害することでノルアドレナリンの分泌を持続させ、鎮痛効果を延長させることができます。既に、マウスやサルを使った非臨床試験でENDOPINにオピオイドと同等の鎮痛効果があることが確認できました。
非臨床試験では、オピオイドで課題となっていた依存性や行動変容、さらには循環器系の副作用は認めませんでした。既に臨床試験の第I相試験(フェーズ1)で健康な成人男性を対象に薬の安全性を確認しており、現在は第II相試験(フェーズ2)で胸腔鏡下手術を行った肺がんの患者さんの術後疼痛を対象にした試験を実施している最中です。まずは単回投与での臨床試験を行っていますが、今後は反復投与の安全性試験や米国での有効性試験を行う予定です。まずは米国で術後疼痛の鎮痛薬として承認を狙い、その後日本での承認や炎症性疼痛への適応も目指します。
米国のFDA(アメリカ食品医薬品局)がガイドラインを公表していて、「親知らず(智歯)の抜歯」「腹部ヘルニアの修復手術」「外反母趾」「腹部形成術(脂肪吸引術)」のうち最低2つの手術後において有効性と安全性が証明されれば、あらゆる術後疼痛に使える医薬品として承認すると明らかにしています。弊社でも、今後の臨床試験はこのガイドラインに沿って、安全性や有効性を検証していく予定です。
私が驚いたのは、米国で親知らずを抜歯した際に、オピオイドの成分が入った麻薬性鎮痛薬が処方されたことです。日本では、抜歯後の痛み止めには通常ロキソニンが処方されます。米国人と日本人では痛みの感じ方が違うのか、はたまた日本の“我慢するカルチャー”によるものなのかは分かりませんが、これが米国の通常の処方のようです。人によってはこうしたことがきっかけで、「この薬を飲めば気持ち良くなるから…」と、薬に依存してしまう場合があるようです。さらに、ストリートドラッグとしてオピオイド系鎮痛薬が闇で販売されているという実態もあります。その結果、前述のようにオーバードーズ(薬物過剰摂取)によって呼吸停止を招き、亡くなる人が相次いでいます。依存性なく鎮痛効果が高いENDOPINがオピオイドの代替となれば、こうした事態に歯止めをかけられるでしょう。
鎮痛効果でいえば、ロキソニンよりもオピオイドの方が圧倒的に強力です。日本では、癌の末期の強力な痛みの場合のみ、オピオイドを処方するという使い方がされていますが、米国に比べると、滅多に手に入りにくい状況であるため、オピオイドクライシスのような状況には陥っていません。ただし、ENDOPINが新たな選択肢の一つとなることは、日本においてもメリットがあります。これまでカロナールやロキソニンで我慢していた痛みを、安全かつ鎮痛効果が高いENDOPINで抑えることができるようになる可能性があるのです。
RECTASは、RNAに働きかける低分子化合物で、遺伝性の希少疾患や癌の治療に役立てる経口投与の医薬品として開発を進めています。萩原先生の研究成果をもとに、希少疾患を対象にした「RECTAS2.0」と、癌を対象にした「RECTAS3.0」の2種類の化合物を開発しています。
RECTAS2.0は、RNAの異常を制御(修復)することで、心ファブリー病などの遺伝性の希少疾患の治療に役立つと期待できます。心ファブリー病のほか、同じく遺伝性希少疾患の家族性自律神経失調症やQT延長症候群の治療にも活用できると考えています。
RECTAS3.0は、癌細胞特有のたんぱく質を増強させる作用をもたらし、免疫チェックポイント阻害剤の効果を高めることが期待できます。異常を目立たせることで免疫細胞が癌細胞を認識し、攻撃しやすくなります。
現在はRECTAS2.0、RECTAS3.0共に動物を使った非臨床試験を進めております。18か月ほどで臨床試験を開始することを目標としています。RECTAS2.0で想定している対象疾患の心ファブリー病は台湾に患者さんが多いことで知られているので、台湾での展開も進めていきたいです。
大きく2つあります。一つは、資金の問題です。製薬企業にいた際は、できるだけ速く開発するためにお金を惜しみなく使えましたが、ベンチャー企業では最小限の資金でできるだけ多くの情報を取得できるよう工夫を凝らさなくてはなりません。もう一つは、ベンチャー企業ではインフラが必ずしも整っていないことです。製薬企業では動物実験なども会社の中で行えますが、ベンチャー企業では一つひとつを外注しなくてはいけません。外部の専門家やアドバイザーの知恵もお借りして、できるだけコンパクトかつ効率的に事業を進められるように心がけています。
弊社の幸運なことは、製薬企業で経験を積んできた大菊氏のような人材がいてくれることだと思います。医薬品の製造工程を外注する際にも、一から外注先を探す手間をかけることなく、大菊氏が前職からお付き合いのある会社にお願いすることができます。長年築かれてきた信頼関係があるからこそ、外注先からも「大菊さんのところだから…」と融通を効かせてもらえることもありがたいです。
ベンチャー企業にいて感じるのは、ものすごくやりがいがあるということ。体力さえあれば、もう2回3回同じことをしてみたいと思うほどです。弊社のような創薬ベンチャーであれば、患者さんに新薬を届けるという夢があります。たとえ失敗したとしても、それは必ず糧となり、どこかで生かせるようなものになると確信しています。ぜひ若い人にチャレンジしてほしいです。
大企業は言ってみれば野球チーム。投手や捕手などとポジションがきっちり決まっていて、自分の役割をきちんと果たすことが求められます。一方のベンチャー企業はバスケットボールチームのようです。ある程度のポジションは決まっていながらも、ゴールに近いところでボールを受け取ったらシュートしなくてはいけません。パスを回している場合じゃないんです。その感覚を楽しめる人は、ぜひベンチャー企業に来てほしいなと思います。かつての私がそうだったように、若い人にこそ、ベンチャー企業で経営陣や先人の背中を近くで見て感じてほしいです。
(2024年8月取材。所属、役職名等は取材当時のものです)
「痛み止め」は、服用するとまるで魔法のように痛みを和らげ、多くの人々を救ってきました。しかし、その一方で、非常に強い鎮痛作用を持つオピオイド系鎮痛薬には過剰使用と依存症のリスクがあり、アメリカではオピオイドクライシスとして数万人の死者を出す深刻な社会問題を引き起こしました。
このような社会問題に対して、京都大学の萩原正敏教授らの研究成果を基に、新しい鎮痛メカニズムを持つENDOPINで挑むのがBTB創薬研究センターです。国内で創業後、今夏には新社長が就任し、本格的に米国展開へと舵を切り、創薬ダーウィンの海へと船出します。当社は、BTB創薬研究センターと京都大学の活動が、痛みに苦しむ患者様にとって大きな希望となることを期待しています。
横尾 浩司
株式会社BTB創薬研究センターウェブサイト
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