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京都大学で開発した低分子化合物を使って、眼科の希少疾患・難治疾患の新たな治療薬を開発する。国内だけでなく、海外の市場も見込んでおり、いずれは心筋梗塞や脳梗塞にも適用を拡大していく。2015年に起業した株式会社京都創薬研究所は、こうした事業展開を目指している。同社は2016年6月、京都大学イノベーションキャピタル(京都iCAP)から出資を受けた。常に見据えているのは疾病に苦しむ患者を救うことであり、事業が患者を救うための治療の一環であるとの信念が根底にある。起業の経緯から今後の事業展開などについて、医師であり代表取締役(CEO)である武蔵国弘氏と同社の医学顧問を務める池田華子氏(京都大学医学部附属病院特定准教授)に聞いた。(聞き手:高橋秀典)
会社は2015年5月に設立しました。それ以前に、京都大学大学院生命科学研究科の垣塚彰教授が開発した新規の低分子化合物(KUS)を使って、大学院医学研究科の吉村長久教授(現在は名誉教授)と医学部附属病院臨床研究総合センターの池田華子准教授(当時)は、眼科の難治性疾患の動物モデルを用いて薬効を確認していました。KUSはアデノシン三リン酸(ATP)の量を維持する事で細胞を強く保護できます。
池田先生は、KUSをヒトの治療までもっていきたいと考えていました。2014年に吉村先生から、池田先生の構想を実現するために、その器となるバイオベンチャーを立ち上げてはどうかと持ちかけられました。私自身、臨床医として、いくつかの医療機器の開発に協力していた時期だったのです。データを見て薬効がすごいと思い惚れ込みました。それが起業する一番のきっかけです。その後、KUSの開発者の方々と起業したという流れです。
医療知識を患者さんに直接届ければ診療、手術、治療ですし、その知識を機械に載せれば医療機器になる。ITを使って情報発信すれば医療水準を向上させるのに役立ちます。いずれも患者さんを救うことにつながれば、医療行為だろうと私は考えています。
もともと惚れ込んだデータから始めた事業なので、あまり苦労だとは感じませんでした。起業直後は、いつ事業資金を確保できるか見えない状態でしたので、極力固定費を出さないことに注力しました。初めのうちは私自身もスタッフも、ほとんど手弁当のような状態でしたが、スタートアップの経営に詳しい弁護士の知恵や会計士の助言などにより、2016年3月には、京都大学との間で特許実施権許諾契約を交わすことができました。同年6月には、京都iCAPはじめ5社のベンチャーキャピタルから資金調達をさせてもらいました。
2009年4月に、市中病院から京都大学に戻りました。戻る前、研究テーマを模索していたときに、学生時代に関わりのあった垣塚先生と話す機会がありました。そのなかで、KUSは細胞死に起因する目の疾患の治療に生かせるのではないかとピンときました。大学に戻ってから、細胞レベル、次いで動物実験レベルでKUSを使ったところ、これがよく効く。緑内障や網膜色素変性など、進行を抑えるのが難しい病気のモデルの動物実験でも良好な結果が得られました。
2011年ごろには、動物のみの実験ではもったいないと思い始め、国内の製薬会社に持ちかけてみました。ところが、どこものってくる会社はありませんでした。緑内障も網膜色素変性も、20年から30年かけて徐々に悪くなる病気です。進行を抑制するための薬なので、2、3年、投与し続けるといった治験が必要なのですが、効くかどうかわからないのに、治験をするのはリスクが大きすぎると言うのです。
KUSはこれだけ効くのだから、自分たちでやれるころまでやろうと思いました。2012年年末ごろには、まずは短い期間で評価ができる疾患にターゲットを変更することとし、急激な細胞死によって起こる網膜中心動脈閉塞症(CRAO)をターゲットに決めました。
2013年秋からは、厚生労働省の難治性疾患克服研究事業の科研費を得ることができ、非臨床試験を始めました。動物実験でCRAOにもよく効くことが確認できました。ただ、CRAOは非常に激しく進行する病気なので、ヒトで効くかどうかは、まったく自信がありませんでした。
確信が持てたのは治験が終わってからです。附属病院の眼科で始めた治験の1例目から3例目くらいまでかなりいい結果が続きました。経過の自然観察で視力が低下するだけだったのに比べ、かなり視力が改善したからです。治験を終わるまでずっと怖かったことは確かです。
そもそも大学の附属病院で、企業が治験で持ち込まずに大学が産んだ薬を初めて人に投与するのは非常に困難なことなのです。
難しかったどころではありません。われわれは医学部を出ているものの、薬の開発に関するトレーニングを受けているわけではありません。そもそも化合物はどういう過程を経てヒトに投与できるかを知りません。どれだけの安全性試験が必要なのか、どうすれば治験でヒトに投与できるのか。さらには、どれだけのお金がかかるか。それをすべて自分でやることになったからです。
実は非臨床試験を実施していたころ、良い結果が出れば製品化まで手掛けてもいいと言ってくれた製薬会社があったのです。ところが、2014年夏ごろに、会社の方針転換によって話が頓挫してしまいました。科研費などの公的資金もいずれ切れるといったことを吉村先生と懸念していた矢先に、武蔵社長と話す機会がありました。
私は、大学では池田先生の1年先輩にあたるのですが、それまで一緒にお仕事をした接点はありませんでした。池田先生たちの研究データに惚れ込み創薬をお手伝いしようと思ったのです。
一つは、KUSという化合物の強みです。細胞内のATPの量を減らさないという画期的な薬理作用をもち、数多くのデータがあります。この画期的な薬理作用と、いま満たされていない医療のニーズを組み合わせることで、従来は治療できなかった疾患に手を差し伸べることができます。
もう一つは、社内体制です。私自身が眼科医ですし、メンバーの多くは製薬会社での経験が非常に豊富です。特に眼科領域に関しては、クリニカルインパクトの強さ、何に力を入れて開発して患者さんに届けるか、ということが見えています。さらに製薬会社にどんなデータのパッケージを提示すれば、患者さんのもとに薬として届けてもらえるかということを具体的にイメージできるのです。
CRAOを含む網膜動脈閉塞症については、日米欧でグローバルな治験の準備を進めています。患者さんには、2024年から2025年ごろに治療薬としてお届けできるのではないかと考えています。実現すれば、日本の大学発ベンチャーで生まれた創薬のシーズが世界市場に流通する初めてのケースとなります。
次のステップとしては、網膜色素変性などの網膜変性疾患への適用拡大を想定しています。2023 年以降にフェーズIIaの治験を始めたいと考えています。さらにその先では、急性心筋梗塞などへの適用拡大も視野に入れています。
眼科領域では最終的に薬を販売するのは販売力のある大手製薬会社になる見込みです。製薬会社が避けたい初期の開発リスクを私たちが引き受け、途中から製薬会社に開発を引き継いでもらう。眼科以外の領域についても薬効が確認できたら、早い段階で製薬会社にお渡ししようと考えています。
リレーで言えば、われわれは大学のシーズを引き継ぐ第2走者というか第3走者で、最終アンカーは世界中に販売できる製薬会社です。
iCAPは、いろいろなステージのベンチャー企業を見ています。そのため、足りない部分は何かを指摘してもらうことができます。例えば、自前のラボラトリーを持つことを提案されました。その時点では、まだ早すぎるのではないかと感じましたが、後から振り返ると、もっと早くから持っていた方が良かったと思うほどです。
また、提携先を見つける交渉も、一気に進めるようアドバイスを受けました。情報の鮮度が落ちるからです。国内外のバイオイベントの際などに、約150社に集中的に声をかけ、そのうち40〜50社に会社説明の機会を得ました。
まず起業してみることです。仮に失敗したら、もう一度チャレンジすればいいだけと思います。もちろん失敗の見極めは大事ですが。
起業するには、まずパッションとか熱量の高さが不可欠です。理念やシーズなりがちゃんとあって、キャッシュとして残る仕組みが必要です。そのためには、サポートしてもらえる弁護士と会計士などの専門家の知識は欠かせません。
次に、ミッションを共有するメンバーを集めることです。自ら情報を絶えず発信することでメンバーは自ずと集まります。よく桃太郎の例え話をします。桃太郎は「日本一」という旗を持っています。普通に考えたら、近くにいる人から見たらおかしな人です。でも、遠くの人からだと、旗がやっと見えるくらいです。高く掲げたその旗の効果は高い。「日本一」であることがよくわかるからです。いまの時代、ITを使えば情報発信は容易です。常に旗を高く掲げておくことで、いろいろなところから接点ができます。
それから、医療ベンチャーには医療者の存在は必須です。必ずしも社長=医者である必要はないと思います。
(2020年11月取材。所属、役職名等は取材当時のものです)
弊社支援先の中で最も京大カラーが強い会社の一つです。化合物、非臨床/臨床開発データ、社長さん、全て京大製。CFOは京大アメフト部の伝説的ランニングバックです。開発の1stダウンを着実に更新しながらチームワークよく事業を進めています。医薬品承認のタッチダウンは近い!
八木 信宏
株式会社京都創薬研究所 ウェブサイト
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