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手の指先や足裏の微小な血管が画面に浮かび上がってくる――。造影剤を利用せず、高解像度で血管を画像化できる「光超音波イメージング装置」が登場した。開発したのは、京大・慶大発のスタートアップ、Luxonusだ。京都大学とキヤノンとの共同研究プロジェクトを端緒に、光超音波技術による革新的な血管可視化装置を実現し、2022年9月には医療機器としての薬事承認を取得した。長年にわたり研究してきた技術を基盤に起業したLuxonusの代表取締役 相磯貞和氏と取締役CTO 八木隆行氏に、研究開発プロジェクトと起業化、上市に至った経緯および今後の展開を聞いた。(聞き手:増田克善)
そもそもの発端は、2006年に京都大学とキヤノンとの産学連携で始まった共同研究プロジェクト「CKプロジェクト(高次生体イメージング先端テクノハブ)」です。疾病の早期発見につながる次世代医用イメージングの領域でイノベーションを創出し、健康社会を実現するという目的で、光と超音波によって血管などを非侵襲で可視化する光超音波イメージング技術の開発に取り組みました。キヤノンの先端融合研究所の所長をしていた当時にCKプロジェクトが始まり、2008年から技術開発に着手しました。2014年から内閣府の「革新的研究開発推進プログラム」(ImPACT)で開発を引き継ぎ、プログラムマネージャーとして、光超音波による高解像度のリアルタイム3D可視化技術を確立し、臨床的価値を実証するプロジェクトを進めてきました。
ImPACTプログラムは2018年度が最終年度でしたが、参画してきたキヤノンや日立製作所は最終的に事業化を見送るという判断が下されました。10年以上にわたり技術開発に携わってきた私としては、何とか医療機器として実用化し、社会貢献につなげたいという思いが強くあり、ImPACTの臨床研究で参加していただいた慶応大学医学部の相磯氏と相談し、自分たちで実用化しようと考えたのが起業の動機です。
血管の画像化は造影剤を用いた血管造影が行われていますが、腫瘍血管など微小の血管を可視化することはできていません。また、形成外科領域で別の部位から皮膚・脂肪組織を欠損部位に移植・再建する皮弁形成術では皮下血管を構築することが重要ですが、皮下血管は個体差が大きく、皮下血管を可視化できないことが大きな課題でした。京都大学・キヤノンの共同研究とImPACTを通して開発された技術は、そうした細小血管の可視化が可能であり、形成外科や整形外科、眼科など広い領域に適用でき臨床的な価値が高いと考えています。
元々の知財はキヤノンが多くを保有していましたし、ImPACTでも主要メンバーであり、同社が製品化するのが筋と考えていました。ところが同社は事業化しないと判断されたことに加え、ImPACTプログラムへの参加企業がImPACT知財を使える取り決めでした。そこで、プログラム最終年度の2018年12月にLuxonusを設立し、ImPACTに参加することで事業化を可能にしました。八木さんは、プログラム終了直後の2019年4月にCTOとしてLuxonusに合流しました。
起業を考えたとき、当時の京都大学産官学連携本部長だった湊長博先生(現京都大学総長)に相談に行ったところ、QOL(生活の質)の改善においても画期的な技術だから京都iCAPに相談してはどうかというアドバイスを受けました。
一方、私は慶応大学に相談したところ慶應イノベーション・イニシアティブ(KII)に話が行き、KIIが支援することがまとまりました。両大学のベンチャーキャピタルが技術的・社会的な価値を認め、会社の立ち上げノウハウを含め協力してくれたことが起業へ踏み出す大きな要素でした。
さらに、医療機器を中心とした医療イノベーションの事業化に実績を持つ日本医療機器開発機構(JOMDD)の協力もあり、3社のバックアップがあるなら医療機器メーカーとして起業できると判断しました。
光超音波3Dイメージング技術には、2つのキーデバイスがあります。1つが2つの波長を交互照射する近赤外パルスレーザ、もう1つが超音波センサをお椀型(半球形)の湾曲面に512個配置した超音波センサデバイスです。パルスレーザ光を体表面に照射すると、光を血液内の赤血球が吸収し、膨張・収縮します。その膨張・収縮により発生する超音波を検出します。血管内には多数の赤血球が流れており、様々の位置から超音波が発生します。半球面に配置した複数のセンサで検出し、血管の位置や走行状態、太さなどを計算して画像化します。この基本的な現象は、体表面や、手や足の末梢血管でもおきているため、これまで簡便に見ることができなかった微細な血管を精緻に画像化できるわけです。
この技術を使い、光超音波イメージング装置では、180×290ミリメートルの範囲を0.2ミリメートルの分解能で3次元画像を撮影することができます。また、20ミリメートルのサイズであれば、3次元画像をリアルタイムで表示することができます。
従来、1ミリメートル以下の血管を撮影するには、造影剤を注入して撮影する必要があり、血管造影検査や造影CT検査が使われていました。造影剤の使用は、造影剤アレルギーや腎障害などの合併症のリスクがありますし、放射線による被ばくもあります。光超音波イメージング装置では、そうした造影剤を使用しないで、被ばくもなく、安全で、かつ簡便に血管の可視化ができる点が大きな特徴でもあります。
微小な血管が可視化できるという点で、様々な領域に適用できると考えています。例えば、乳がんの良悪性鑑別や末梢動脈疾患の早期の同定、乳がんや頭頚部がんなどの手術で失った機能を回復する再建術、手外科手術などの術前計画にも有効です。
糖尿病合併症である糖尿病性腎症や神経障害、網膜症など多くは、細かい血管の硬化や閉塞などによって引き起こされます。足先などの末梢血管の硬化が進み、血管が詰まって潰瘍や壊疽を起こして、切断を余儀なくされることがあります。光超音波イメージング装置で末梢血管の硬化・閉塞を早期に検査できれば、こうした重症化は防ぐことが可能になります。
乳がんについては、腫瘍自体は造影MRIや超音波画像診断機器などで識別できますが、腫瘍の性質が良性か悪性かを確定するには、生検や細胞診に頼らざるを得ません。検体採取は患者さんの抵抗感により検査できないこともあり、画像診断で経過観察している間に進行してステージが上がるリスクがあります。光超音波イメージング装置の利用によって、腫瘍の血管組織をイメージすることで早期診断につなげられる可能性が高いとみています。
再建術においては、皮下血管を構築することの重要性は指摘しましたが、個人差の大きな皮下血管の位置や太さなどを事前に3次元画像で把握し、術前計画に利用することにより正確な再建や良好な予後が期待できます。
今まで位置の把握が難しかった微小なリンパ管の画像化にも利用できます。リンパ液の流れが滞ることで生じるリンパ浮腫では、リンパ管から静脈へバイパス手術し、滞っていたリンパ流を解消するリンパ管細静脈吻合術があります。現状は正確に微小なリンパ管と静脈の位置を把握するのが難しいという課題があります。リンパ管のイメージングには造影剤(ICG、インドシアニングリーン)を使用するものの、微小なリンパ管・静脈の位置などを画像化できるようになり、手術計画に役立てられます。
医療機器製造販売承認申請では、製造管理や品質管理の基準であるQMS基準への適合調査に合格する必要があり、体制整備や業務には多くの知識が欠かせません。当社の場合、ImPACTに参加していた主要メンバーが転職あるいは出向で来てくれ、業務にあたってもらえたことが非常に大きかった。そうしたメンバーは所属先の医療機器メーカーで、研究・開発や工場での生産、品質管理などでの業務経験があり、多様な知識と経験を持っていたからです。
短期間で承認取得できた理由は、薬事戦略として、まず世に送り出すことを最優先とし、申請したことです。具体的には、レーザ血流計という既存のカテゴリーの改良医療機器として承認申請したことから、長期にわたる治験プロセスを経ることなく承認取得できました。
2022年11月1日には保険適用も認められましたので、まずは血流測定の使用目的で販売を進めていきます。対象となる領域は、血管外科での末梢血管の血流測定や、再建術など形成外科や整形外科におけるマイクロサージャリー領域での利用です。
次の薬事開発ステップとして、治験を行い、画像診断装置としての承認申請・取得を進める計画です。乳がん診断や末梢閉塞性動脈疾患の診断など乳腺外科や血管外科領域の診断などでの利用が可能になります。治験により有用性を示すため時間を要しますが、高い診療報酬点数が見込むことができれば、検査数の多い診断・検診領域での利用は販売台数の拡大を期待できます。
一方、海外市場への展開では、APAC、北米、中国へのグローバル展開を推進していきます。医療機器の海外販売は各国・地域の薬事承認が必要ですので、承認取得を経て展開していく計画です。また創薬のための動物実験などに用いる理化学機器は、2022年に中国、台湾、香港、韓国などで理化学機器代理店契約も締結しています。
医療分野で起業を志す人は、患者さんに役立つこと、医学の進歩に貢献することがモチベーションであって欲しいと思います。現代医療はある程度の目的を達していますが、現状に満足できないし解決すべき課題は多い。例えば、がん治療で予後は伸びても、QOLが元に戻るところまで達していません。そうした課題解決をモチベーションに起業を志して欲しいと思います。
医療分野の起業には3つのハードルがあると思っています。1つは、実を結ぶまで時間がかかるので、技術が陳腐化されないことが重要。2つ目は、開発や臨床研究支援、業許可や承認など様々な業務のチーム編成と資金調達が見込めること。3つ目は、臨床の先生方と研究・開発し、技術と育てて頂く必要がある。それらを地道に協働していく覚悟も必要になります。
(2022年11月取材。所属、役職名等は取材当時のものです)
日本には「デバイスラグ」という言葉があります。医療機器の実用化が欧米と比較してかなり遅れてしまうという意味です。Luxonusは日本での新規医療機器の開発に果敢に挑戦し、会社設立からわずか4年弱というスピードで薬事承認の取得、保険収載を実現させました。その背景には、Luxonusには相磯社長や八木取締役など、アカデミアや企業から医療機器開発のプロフェッショナル人材が集結している点があります。日本での承認取得をてこに、Luxonusは今後、海外市場への進出を目指します。
河野 修己
株式会社Luxonus ウェブサイト
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