お問い合わせCONTACT
ご相談・ご質問などございましたら、お気軽にお問い合わせください。
お問い合わせフォームストーリーズ
STORIES
SERIES EMBARK
睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、睡眠中に呼吸が停止する状態を引き起こし、心血管疾患などのリスク因子となる危険な睡眠障害だ。患者自身が症状を認識しにくい上に、標準治療である持続陽圧呼吸療法(CPAP)のマスク装着に違和感を持つ人が少なくないことから、治療継続率の低さが問題視されてきた。
株式会社マリ(以下、マリ)は、独自のミリ波レーダー技術を用いて睡眠中の呼吸や心拍を検知し、低周波音の刺激で無呼吸状態を解消するSAS治療機器を開発している。非接触で負担を感じることなく治療が続けられるため、治療を継続できる患者が増えることが期待できる。
マリの代表取締役社長である瀧宏文氏に、開発中の治療機器や医師でありながら起業に至った経緯、経営者として大切な心構えについて話を伺った。
(聞き手:藤原 智沙恵)
当社は現在、SASの治療機器を開発しています。
この装置には無呼吸を検出するところと治療をするところの2つのパートがあります。
まず検出にはミリ波レーダー(※)を使い、胸の表面からの反射を取ることで、胸の動きで無呼吸であるかどうかを判断します。そして無呼吸の状態を検出すると、次は低周波音で目が覚めない程度の覚醒刺激を与え、もとの正常な呼吸を促し、無呼吸状態を改善します。
ミリ波レーダーを利用して、高い精度で無呼吸状態を検知できる技術が当社の強みです。寝ている時は体の向きが一定ではなかったり、体格によっても胸の動き方に個人差があったりするため、どのような状況でも呼吸状態を正確に検出できる信号処理アルゴリズムを設計することは非常に難しい技術とされています。
一般的にSASの方はよくいびきをかくことが知られていますが、実際に最も危険なのは、呼吸が止まり苦しくなって目を覚ます状態です。この時に血圧が急上昇し、心臓や血管に大きなダメージを与えることが分かっています。当社の装置では、そのような状態に達する前に精度良く無呼吸を検出し、治療を行うことができます。また、この装置は低周波音を使うことにより非接触で治療を行うことができるため、患者さんに負担をかけません。そのため治療が継続しやすいという大きなメリットもあります。
現在は京都大学附属病院でSAS患者さんでの治療効果や安全性を実証する治験を行っているところです。京大病院には先端医療研究開発機構 (iACT)という組織があり効率的な治験を行う支援をいただいています。
さらに、循環器科や救急科の先生たちとも共同研究を進めています。ミリ波レーダーで呼吸だけでなく心拍も24時間モニタリングできることから、心筋梗塞や脳卒中、乳幼児突然死症候群などの病気の兆候を早期に発見し、原因を解明する手助けになればと考えています。
また当社の装置はプライバシーに配慮しつつ、常時の健康状態を見守る機能も備えています。この技術を使って治療の介入を早めることで、国の医療費削減にも貢献できるかもしれません。iCAPの支援を受けて以来、大学との共同研究がスムーズに進んでいると感じており、今後さらに研究を進めていくことで健康寿命の延伸に力を出せればと考えています。
京都大学医学部に進学し6回生の最終学年になった段階で臨床医になることに迷いがありました。もともと大学受験の際には生物ではなく物理学を専攻していたこともあり、医療機器を開発したいという思いがあったんです。まだ治療法が確立されてないところに何か解決できるものを作れないかなと思った。そこで京大の研究室の教授に相談し、いくつかの会社を紹介していただいて、開発したい医療機器のプレゼンテーションを行いましたが断られました。今思えば当然ですよね(笑)そのときに感じたのは「研究段階から会社の人と一緒に開発するのは難しい。それであれば自身で工学技術を身に着けるために、工学研究科に行くべきだ」ということ。そこで同大学の情報学研究科の佐藤亨教授の研究室に入学し、デジタル信号処理や医用超音波の技術について学びました。
京都大学情報学研究科特定助教を経て、医工学研究科特任准教授として東北大学へ移った際にスタンフォード大学のバイオデザイン研修に参加する機会がありました。その研修で配属されたスリープクリニックでSASの患者さんを拝見し、自覚症状がほとんどないという点が他の疾患と大きく違うと感じたんです。その患者さんも配偶者に指摘されて初めていびきをかいていることに気づき、受診したそうです。また、SASの標準治療であるCPAP療法は非常に有用な治療機器であるにもかかわらず、患者さんが負担を感じるために途中で治療をドロップアウトする方が多いことも分かり、大きなニーズがあると感じました。
スタンフォードバイオデザインは「どの科でも未解決の問題があるはず」という考えから、配属される科を選ぶことはできません。特殊ですが、実際そこにいたときにこういうニーズを見つけたので、もし別の科に行っていたら、今頃は別の医療機器を作っていたかもしれないですね(笑)
研修では「医療機器を患者さまの元に届ける」という目的の元、研究開発の方法だけでなく、会社設立の方法や研究資金の集め方、知財の取り方まで起業に関するあらゆることを学べたため、大きな不安はなく始めることができました。
日本、特に大学発のスタートアップでは技術をまず確立させて、技術に合うアプリケーションを探し、そこから作っていくことが多いです。
しかし研修で学んだのは、「ニーズ」から作る大切さ。困っている患者さんがいて、十分に市場が取れるところを見つけ、そこに合う技術を探す。つまり、ニーズの特定や製品仕様は、開発の最初の段階で全て行うのです。そうすることで、開発前に一定の患者数や市場性があることも分かったし、製品価値を出すために解決すべき課題も分かっていたので不安が少なかったのだと思います。
はい、その点は非常に大きな影響を受けました。病院にもなかなか立ち入れなくなり、臨床研究が非常に進みにくい状況になってしまったんです。
しかし、逆にその時間を利用して無呼吸状態の検出の精度をさらに改善することに注力しました。もともとコロナウイルス感染症が流行する前の段階では、ミリ波レーダーの検出精度は今より高くなく、呼吸の状態が大体は取れるけれども原理的にはまだ不十分な点もあったんですよね。
また、健常者向けに特定臨床研究ができる病院を探してPhase I(第I相臨床試験)を完了させました。患者さんではないためにコロナ禍でも比較的、臨床研究が進めやすかったんです。そこで、無呼吸状態が起こっている可能性がある肥満傾向の方を対象にして、覚醒しない程度の最適な低周波音の音量の調整や有害事象の発生率の確認なども行いました。有害事象については、かなり音量を強くしても60名中3名の方で「少し頭が痛い」と訴える程度であったので、この発生率ならば問題ないだろうと確認できました。
個人的には、起業は「将棋」に近いと感じています。色々な選択肢があってどれが最も成功に近いのか―。非常に多くの可能性を考えます。どの結果が出てもきちんとワークするように、バックアッププランも含めてかなり先のところまで計画を立てるよう心がけていますね。
実は、起業当初は無呼吸状態に陥る前の音などを検知することで、音声だけで無呼吸を取ろうかという話もあったんです。しかし取れない可能性もあったので、ミリ波レーダーをバックアッププランとして置いていました。結果的に、完全な無呼吸の時はやはり音がほとんどしないので厳しいことがわかり、ミリ波レーダーで取る方向性に途中から切り替えました。
私が起業した時も、「起業して上手くいきますよ」と言ってくれた方は皆無でした。実際に新しいことに挑戦するので、それに対する知見を皆さん持っていないので当然ですよね。
しかし経営者になったら情報は自分が一番もっているはずなので、その中で様々な戦略を立てて、これだったら確実にいけそうだということを自分で判断しないといけない。
もちろん他の人の話を聞かないというわけではなく、聞いた後で自分の中で消化して、一つの情報としてインプットしつつ最終的には自分が判断する。その代わり責任は全て自分で取る。そういった、ある意味「わが道を行く」人は起業に向いているし、成功率が高くなると思いますよ。
(2023年10月取材。所属、役職名等は取材当時のものです)
マリは、世界水準のデジタル信号処理技術を核に、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の治療機器を開発する医療機器スタートアップです。SASは社会課題にもつながる重要な疾患でありながらも患者さんにとって負担感のあるソリューションしかなく、マリの「やさしく治療する」医療機器が注目されています。また、総合大学である京都大学の様々な知が活かされている「学内の医工連携事例」でもあり、京都iCAPとしても、マリの支援を通じて患者さんと社会の課題が突破されることを望んでいます。
篠原 昌宏
株式会社マリ ウェブサイト
ご相談・ご質問などございましたら、お気軽にお問い合わせください。
お問い合わせフォーム