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2019年9月に設立されたリジェネフロ株式会社は、ヒトiPS細胞から作製した腎前駆細胞を被膜下に移植することで腎臓病の進行を抑える技術の実用化を目指している。国内だけで約1,300万人も存在すると言われる慢性腎臓病(CKD)に対して、人工透析や腎移植に頼らない新たな治療法で取り組む考えだ。同社は2020年6月、京都大学イノベーションキャピタル(京都iCAP)から出資を受けた。創設者であり取締役最高科学顧問である長船健二氏(京都大学iPS細胞研究所教授)と代表取締役社長を務める石切山俊博氏に事業内容や成長戦略などについて聞いた。
(聞き手:高橋秀典)
私は1996年に京都大学医学部を卒業した後、4年間、腎臓内科医として勤務し、2000年から今日まで、ずっと腎臓の再生を研究してきました。卒業する際、何科に進むか悩みました。これから患者が増えてきて世の中で腎臓病が重要になってくることや、ドナー不足の腎移植しか根治的な治療方法はないことから、再生しない腎臓を再生させて患者を助けたいと考えました。当時は、いまのようなiPS細胞もなかった時代ですから、再生医療はそれほど注目されていませんでした。盛んに再生して病気になりにくい臓器とまったく再生しない臓器があり、特に腎臓は病気で壊れたら元に戻らず、病気が進んでいく一方であるという点に興味がありました。
製薬企業とも共同研究をしてきましたが、2、3年先に製品化できるものでないとなかなか協力してもらえません。6年間続いた共同研究もあったのですが、それ以上続けられないという企業の方針が示されたため、自分で起業して、資金を集めて臨床試験まで進めたいと考えました。起業のためには有能な社長を探さなければということで、人脈の多い知り合いに相談してそこで石切山社長を紹介されました。
社会的にみると、国内には約1,300万人の慢性腎臓病の患者がいます。患者の割合は成人の7人に1人と言われ、新しい国民病と呼ばれています。徐々に病態が進行するので、34万人以上の患者が透析療法を受けています。透析に要する医療費は年間1兆5,000億円で、医療費全体の約5%を占めます。世界的にみると、患者数は約8億5,000万人です。社会的、経済的、医学的に多くの問題を抱えているので、そこを解決したい。現時点では、ほとんど治療法がありません。私はまだ外来診療も担っていますが、患者さんは基本的に病態がそのままか、悪くなるかのどちらかです。そこをなんとか良くするところまで持っていきたい。2023年から臨床試験を始める予定の細胞療法では、腎不全の進行を止めて新たな透析患者をつくらないことが当面の目標です。
大学院生のときに、腎臓の幹細胞を見つけようとしました。5年ほどかけて、胎児の腎臓内に糸球体と尿細管のもとになるネフロン前駆細胞と呼ばれる幹細胞様の細胞があることを初めて証明することができました。2006年のことです。その後、2008年に京都大学iPS細胞研究所に採用になり、ネフロン前駆細胞をヒトiPS細胞から作ることになりました。研究の方向性は2つあって、1つは完全な腎臓を作製して透析患者に移植すること。もう1つは腎障害の軽減を目指すことです。後者については2015年に、ネフロン前駆細胞をマウスの腎臓の周囲に移植する細胞療法によって、腎障害の治療に役立つことを発見しました。いまはiPS細胞からいろんな細胞を作ることができます。2次元のシートとか細胞の塊は作ることができますが、腎臓のように30種類の細胞があって複雑な構造の大きな臓器を作るには、まだ時間がかかります。医学的、経済的な問題を解決するには、細胞療法のほうがはるかに早く実現できるだろうということで、そちらに舵を切りました。
臨床試験に入るためには、まず品質と安全性を担保しなればなりません。低分子の場合はそれほど難しくはありませんが、細胞の場合、品質と安全性を担保する作業にお金がかかります。必要な人材、設備、才能を投入しなければならないからです。もう1つ有効性も課題なのですが、ヒトでも効くのではないかとのエビデンスがかなり出てきました。そうなるとやはり品質を担保して大量に製造できるようにすることが最大の課題と言えます。
iPS細胞はいろんな細胞に変化しますが100%は変化しません。一部は変化せずに残ります。体内にある程度残ると腫瘍になるともいわれています。残るものが完全にないぐらいの精度の高い培養法が必要です。患者さんに移植して効果がなくても、副作用が出ないことが最低限のラインです。そこを確実にする必要があります。
非臨床試験用のサンプルを製造し、非臨床試験、安全性試験を実施する。それが2022年の目標です。目標達成のために、製造プロセスを完成させようとしています。臨床試験は2023年の予定です。資金的な課題はあるものの、そこまでは技術的に実現できる確実性は高いと見込んでいます。腎臓の被膜下に細胞を移植する手術自体が世界初の試みです。iPS細胞由来のネフロン前駆細胞を使って慢性腎臓病の細胞療法に取り組んでいるのは世界的にみて私たちだけです。腎臓病はすごく大きな市場ですので、何かを開発しようとすると大変大きな費用がかかる。まず腎移植患者に発症する慢性腎臓病の進行抑制を目指してヒトに適用してみる。その後、一般的な慢性腎臓病に展開し、さらに対象とする腎疾患を広げていくことで、開発品のポートフォリオを拡大したいです。
ネフロン前駆細胞を長船先生が初めて同定し、それを効率的にしかも人間の腎臓のネフロン前駆細胞にもっとも近いものを作り上げてきました。このネフロン前駆細胞を使って、まず細胞療法を進めます。次は遺伝子改変によって、その効果を高める。さらには、ネフロン前駆細胞を使ってある意味、腎臓の補修をすることも目指します。補修までいければ、病気の進行を止めるだけでなく腎臓の状態を改善できると長船先生は考えています。このほか、ネフロン前駆細胞を創薬の際の腎毒性の評価に応用することも想定しています。最終的には、腎臓を再構築することも視野に入れています。ネフロン前駆細胞は腎臓の主要部分ですが、長船先生はそれ以外の前駆細胞、集合管のもとになる前駆細胞についても開発し特許を申請したので、そういうものを組み合わせるのです。
これまでは研究開発向けの人材集めに注力してきましたが、事業化ということなるともっと多様な人材が必要になってきます。良い人材を集めることが課題かなと思います。例えば海外の企業と交渉を始めるとする。そうすると、契約もあれば、特許もあれば、事業化のビジネスプランも作る必要もある。世界的な市場の動向も知る必要があります。段々求める人材も質的に変わってくる。8億5,000万人の患者さんにアクセスするには、そういう人材も必要です。私は大手の製薬会社にいたものですから、人材がそろっているなかで仕事をしてきました。ベンチャーに来て、人材の重要さを感じます。
理由は2つあります。1つは長船先生です。腎疾患に苦しむ患者さんをなんとか助けたいと真面目に取り組んでいるのを見て、私ができることがあるのなら、なんとか助けたいと思いました。もう1つは、私はこれまで、医薬品産業、医療産業などから恩恵を受けてきたので、恩返しをしたいと思ったからです。
やはり出資してもらえたことです。すべての大学に京都iCAPのようなものがあるわけでないので、京都大学に勤めていなければ起業できなかったかもしれないと思います。あとはいろいろな人材を紹介してもらえたこと。ネットワークが広がりました。
いろいろな企業を紹介してもらえたことです。私たちと同じような苦労をされている企業も紹介していただき、どのように問題を解決したかをいろいろな人から聞くことができました。京都iCAPの方に社外取締役としても入っていただいているので、経営課題について、きめ細かなアドバイスも受けますし相談もします。企業育成というスタンスでやっていると強く感じます。私どものようなスタートアップは課題だらけなので、いろいろとサポートしてもらえないと良い方向には進んでいかないでしょう。資金を調達する際にベンチャーキャピタル(VC)を紹介していただくことがありますが、京都iCAPに紹介してもらっているのでVCの対応も違います。事業が卵の段階で資金を提供してくれる、またはサポートしてくれるところは少ない。少なくとも京都iCAPが資金を提供しなければ、ほかのVCとか企業、銀行もついてこないと感じています。
私は起業しかないと思い、トライしました。企業との共同研究だと確実なことしかできず、チャレンジングなことや大きなことはなかなかできません。そのためには起業しかありません。共同研究でやれないことを、こういうふうに起業すれば実現できるのだということを実証したいと思っています。
(2021年6月取材。所属、役職名等は取材当時のものです)
慢性腎臓病(CKD)は多くの国で社会問題化している疾患です。国家財政を揺るがすほどの莫大な医療費が投入されているのに、いまだに有効な治療方法が存在していません。しかも高齢化などでCKDの患者数は増える一方です。リジェネフロが目指すのは、患者さんが健康な腎臓を取り戻せる治療技術の開発。長船健二教授が世界に先駆けて発見した研究成果をベースにしています。会社を率いるのはメガファーマの経営幹部だった石切山俊博さん。彼の元部下たちがリジェネフロに再結集し、イノベーションを起こそうとしています。
河野 修己
リジェネフロ株式会社 ウェブサイト
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